忘れられないプロのシャンプー

美容室のシャンプー台で気持ちよく洗われている人です。

美容室での手順と言えば、通常シャンプーから始まります。美容師さんに髪を洗って貰う気持ち良さは、何物にも代えがたいものです。美容室によっては、オートマチックでと、機械に全て任せている所もありますが、私は好きではありません。

さて、この話は私が20代の初めに出会った美容師さんの事です。

当時、渋谷の道玄坂をちょっと登った所だったと思うのですが、メイ牛山の美容室がありました。日頃から気になりながらも、ただ通り過ぎるばかりだったのですが、その日はふらっと入ってしまいました。特別な日を控えていた訳でもありませんでしたので、「シャンプーをお願いします。」と、受付で頼みました。

現れた細身の男性の美容師さんは、私をシャンプー台に案内しながら「シャンプーって好きですか?」と話しかけられました。「シャンプーで髪型が決まるって知ってますか?」私が答える間もなく話は続きます。

「僕はそう信じてるんですよ。シャンプーで全てが決まるんです。髪を洗うと言うことは、お客様の頭の中に音楽を奏でる事なんですよ。お客様に必要な楽器で演奏するって言う事かな。」

私は一瞬ぽかんとしてしまいました。髪を洗いながら何をすると言うのでしょう。

深紅のベルベットの重厚なカーテンで仕切られたシャンプー室で、シャンプー台の椅子に座り、一人私は困惑していました。

そんな私にお構いなく、美容師さんは髪を丁寧に濡らし始めました。そしてシャンプー材をつけて

何が違うのかすぐに分かりました。美容師さんの指の動きです。最初ゆっくりとした波のような感じで指が動き始め、少しづつテンポが上がって行くのです。クライマックスは踊るような感じとでも言うのでしょうか。髪の毛の一本一本が躍動しながら美容師さんの指に応えている様子が、伝わってくるのです。それからスローダウンしながらも絶えず動くその指先から頭全体に繋がる動きは実に細やかで、私は終始夢でも見ているようでした。確かにそれは頭上の音楽です。

しっかりシャンプー材を洗い流した後の仕上げも実に丁寧でした。満足と言うより、私はすっかり感動して、美容室を後にしました。

あれから数十年、沢山の美容師さんに出会い、シャンプーをお願いしました。でも、あの美容師さんのようなシャンプーを大切に考え、哲学を持つとでも言うのでしょうか、そんな美容師さんに出会う事はありませんでした。

実はあの後、1ヶ月ほどして渋谷のメイ牛山の美容室を尋ねましたが、その美容師さんに会う事は出来ませんでした。お名前も聞きそびれてしまいましたが、彼はプロ中のプロだった、と今でも美容室に行く度に思い出します。


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