保健室の川尻先生

どなたもそうではないかと思いますが、子供の頃から誰かしら印象深い大人の人に出会っていると思うのです。

私が思い出す印象深い人は、保健室の先生です。

私は最初の子供だったせいか随分母の気合が入り、厳しく育てられました。母はその当時では珍しい程、教育に熱心な人でした。私が小学校に上がると、毎日学校に来て教室の窓の外に立ち、授業を参観していました。母の時代と教え方が違うと困る、と言う理由からです。最初は私もクラスの人達に恥ずかしかったのですが、いつの間にかそれが風景になったように思います。

母は、毎晩私の勉強に付き合い、特に算数は一問でも間違うと間違わなくなるまで反復練習を命じられました。勉強は兎も角、小学生の私が一番困った事は、友達と遊ぶ事を禁じられた事です。友達は母が選んだ4人だけで、友達の家を訪ねるのを許されるのもこの4人だけでした。それも互いの誕生日だけです。母に叱られるので、他の友達に誘われる度に断らなければなりません。その内私を誘う友はいなくなりました。

私にとって家も楽しい所ではありませんでした。唯一愛情をたっぷり示してくれる祖母が私の避難場所でしたが、母に睨まれるとそれも叶わず「籠の鳥」のような寂しい子供時代でした。

高学年になった頃から、頭痛に悩むようになりました。頭痛の経験のある祖母が「薬を飲んで横になりなさい」と言うのですが、頭痛の経験の無い母は横になる事を許さず、祖母の所にも逃げ込めず、薬を飲んでも一向に治らず頭が割れそうでした。

ある日、朝から頭痛で苦しんでいた私は、思い切って保健室の先生に頭が痛いと訴えました。白い上着を着た先生は「アスピリンを飲んでベットでしばらく休みなさい。何も気にしないで。」と明るくおっしゃいました。先生は私が自分から起きるまでそっとしていて下さいました。先生のお優しい顔を見ると、心からホッとできました。そのうち保健室の常連さんになっていました。その保健室の先生が川尻先生です。

今でも白い上着を着た医師や看護師の方を見かけると、取り立てて理由を聞くでもなく、いつも黙って寄り添ってくださっていた川尻先生の事を思い出します。

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