新書や文庫本ではなく、たまには分厚い単行本を手に取ってみたくなります。今回ご紹介する『エレファントム』と言う本は時々読み返したくなる大好きな本の一冊です。著者はライアル・ワトソン博士、翻訳は福岡伸一氏と高橋紀子氏です。
まず、目次から拾ってみましょう。
第1章 白い象を見た少年
第2章 羊の皮を着た男
第3章「火遊び」をした日
第4章 象たちの受難
第5章 追跡の果て
第6章 クニスナの太母
第7章 時空を超えて
どうですか。目次を読んだだけでも興味が湧きませんか?
この本は南アフリカのケープ(クニスナ付近)から話が始まります。人類発祥の地ともされている場所の辺りには遠い昔、沢山の象が住んでいたと言います。著者は子供の頃、ストランドローバーと呼ばれる仲間と共に海に接した断崖絶壁の向こうに乳白色の巨象を見たのです。その偉大で寡黙な動きは一瞬のまぼろしなのかとも思えたとあります。その乳白色の巨象はそこで何をしていたのでしょう?鯨の徘徊する海に向かって何を語っていたのでしょう。彼はそこで昔からこの地に住み続けて来た現地人の末裔に会うのです。
「コイコイ族」であろうと思われる、その現地人の彼の名前は「!カンマ」。ここで、15世紀からのポルトガルの入植から始まる南アフリカの事情が語られます。この地はその後本格的なオランダの入植が始まり、生活様式の変化と共に「コイ族」「サン族」といった現地の人たちは隷属させられ、数を減らしていったと言います。そして、その末裔とも思われる野生の人「!カンマ」に案内されてあの巨象にもう一度会うのです。
象と人には昔から多くの共通点があると言います。それぞれが誕生してから進化を重ね、南アフリカのケープからまだ未開の地であった「北」を目指した事です。さて、カンマと共に過ごした最後の日、彼は人の魂に触れるような体験をします。しかし、カンマが去った時、象の気配も消えていたのでした。
南アフリカにおける象の受難はご存知でしょうか。よく知られている象牙を手に入れるための密猟だけでは無かったのです。植民地政府の「象害」に対するずさんな政策が象を激減させてしまったのです。19世紀の終わりには南アフリカのすべての場所から象が消えたとも言われます。その非情なやり方を私はあらためて書く気になりません。
著者は3年経って再びクニスナと言う象のいた場所を訪ねてみます。そこで、クロースと言う名の森の人と知り合います。現在の象の様子を知っている彼の口から「カンマ」と言う著者にとって懐かしい名前を聞いた時、あの白い巨象が象徴的に思い出されるのです。話はダブルかも知れませんが、ケープのるつぼから生まれた一人の女性。彼女の遺伝子が現在生きているすべての人間に受け継がれていると言います。そして人は食料を求めて北を目指しました。同じように象もこのケープからその土地に合わせて進化をしながら食料を求めて北へと向かったのです。
著者は動物行動学者になります。いつも脳裏にあるのは象の事です。彼はオックスフォード大学のティンバーゲン博士に紹介を受けロンドン動物園でデスモンド・モリスの指導のもと哺乳類の研究を進めます。3年後ティンバーゲン博士の口頭試問で博士号を取得し、あの南アフリカに戻り、ヨハネスブルグ動物園に入るのです。そこで「デライラ」と言う雌の象と親しくなります。
クリスナの象は一頭だけかもしれないと聞いて、著者は再びクリスナに戻ります。そこであのイエローウッドの巨木に佇み、断崖絶壁のミルクウッドの木の陰に海に向かって立つ「クリスナの太母」と言われている最後の雌象と崖下の大海原のシロナガスクジラの低周波の会話を著者は感じ取るのです。それは悲壮感に満ちながら、崇高なものを感じさせます。
さて、あのカンマと共に見た白い象は果たして幻だったのでしょうか。
博士はその事について彼なりの見解を述べていきます。象の魂が漂っている南アフリカ・ケープのクリスナ、唯一野生の象がいるとされる場所。どこまでも不思議と遠い歴史がない混ぜになって私に語りかけてくる本です。実は私は昔からこの地を訪ねたいと思っていました。とても行けない所だと分かっているからでしょうか。大陸の果て、例えば南アメリカのパタゴニアなどにもとても興味を惹かれます。
人間社会の発展と共に、自然界にある多くの動植物が消えようとしています。この本はその事を指摘しながら、白い巨象に夢を見させてくれるとてもロマンに満ちた本です。
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