今回は時の流れについて考えた事を書いてみたいと思います。
時、そして時間の流れとは、言葉を変えれば「歴史」とも言えます。通常「歴史」と言う言葉からは、何年に何が起きたかと言う、日本史、世界史の教科書で勉強した事を思い浮かべます。果たして「歴史」とはそのようなものでしょうか?
私がその事について考え出したきっかけは、立花隆さんの著書『エーゲ』を読んでからです。
父母や近しい人を亡くした経験のある人は誰しも、ゴーギャンよろしく「我々はどこから来たのか、我々は何者か 我々はどこへ行くのか」と考えるのではないのでしょうか。家族と暮らし、今日という日を精一杯に生きようと努めている人間誰しも、いずれ死を迎えます。歴史と言うと大袈裟に聞こえますが、例え一生の内に何を成し得なくてもその一括りの言葉、時の流れの中に人は消えていくと思うのです。私も例外ではありません。でも、歴史という言葉は人間が作り出した時間と言う概念のひとつなのではないのでしょうか。そして、その時間とは人が決めたもので、実態のないものとも思えます。
いつかはその時と言う流れの中に埋もれていく私達。方丈記の作者、鴨長明の「行く河のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。」の一節を思い起こさせます。
文明の発祥地であるギリシャに足を運び、遺跡巡りを繰り返して、立花さんが考えられた文章を読み進めるうちに、私には通常「歴史」と言われる出来事とは別に、同じく時の流れに生きる人の姿が頭に浮かびました。歴史とは史実として記載された出来事のほんの一部ではないのか、まだ記録されなかった事実があるのではないかと立花さんは考えます。そこに名もなくひっそりと消えていった記されない事実が、本当の歴史としてあるのではないのかという疑問を投げかけるのです。
まず、この本を開いてみてください。写真家である須田慎太郎氏による美しい写真と、この本の内容を総括しているとも思える散文が印象的です。最後の方のページにどこで撮影されたか明記されていますので、ひとつずつ照らし合わせてご覧になると、より写真の中に入り込む事ができます。
ギリシャは一頃、財政的に逼迫して世界のニュースになりました。あの地域は民族の移動が繰り返され、本来のギリシャ人が今はギリシャに居を構えていないと別の本で読んだ事がありました。でも、ギリシャ神話を通じて、私達は文明の発祥地である事を知っています。そして、その場所は今も変わらずそこにあるのです。ニュースを見ながら私はそのような事を考えていました。
ギリシャには多くの遺跡が遺されているそうです。観光ルートに組み込まれた遺跡もあり、知人が訪ねたと話していました。立花さんと須田さんが旅された40日間8000キロには名の知れない遺跡が多く含まれているそうです。立花さんの薦める遺跡での過ごし方は、せめて2時間はたたずみ「黙って」風の音を聞くことだと言われます。そうすると、2千年、あるいは3千年、4千年という時間が見えてくると言うのです。その失われた膨大な時間を体感する事ができると言われます。
その見えない時間に対する静かな想いを想像してみます。でも、毎日1分1秒に汲汲としている現代、そのような遥かな時間を身近に感じることはできません。
本気で遺跡に立ち向かった立花さんや須田さんが何を感じ取られたのか、きっと言葉以上のものだったと思います。ギリシャの遺跡は神のための建造物です。破壊された建造物から、その時々の神は死んだように見せかけながら、肉体を持たない神は形を変えながら今も生き続けているのではないのだろうかと問いかけます。
では肉体を持った人は、死してどうなるのでしょう?その問いの答えとしてニーチェの到達した『永遠回帰の思想』を紹介しています。つまり、「魂の不死などと言うものはない。肉体の死とともに魂も死ぬ。それによって、人間の生命は無に帰す。しかし、やがて、すべてが永遠に回帰するのだ。」(回帰とは一周回って元に戻る事と国語辞典にあります)
遺跡に座る事もなく、永遠の時間を体感できない私には、頭で理解しても、それ止まりです。でも、海辺で水平線の向こうをぼんやり眺めていると、果てしなさを感じる事があります。そこにわずかながら「永遠」という言葉を想い浮かべる事ができます。すると、先ほどのニーチェの言葉が力強く蘇ってきます。
失われた時間に納得するまで向かい合われた立花隆さんは、数年前その永遠の中に旅たたれました。立花さんはジャーナリストとして「田中角栄のウォーターゲート事件」を世に表しただけではなく「生と死の境」、「地球と宇宙の境」などその不可思議な境をとことん見据えた方でした。
『エーゲ』はご本人も好きな本だとおっしゃっていますが、歴史の捉え方からさまざまな示唆をされた名著だと思います。
『エーゲ』永遠回帰の海 立花 隆著 写真 須田 慎太郎 ちくま文庫
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