私は48歳で父を亡くしました。
愛情に溢れ私を慈しんでくれた父を悲しむ間も無く、母の様子がおかしくなりました。色白で優しい顔立ちの母でしたが、それまでに無かった深いしわが両頬の中央に走っています。そればかりではありません。急に物忘れが酷くなり、「印鑑がどこにあるのかわからない。」と言っておろおろします。
夫を亡くしたショックが、母を変えたのだと思いました。一ヶ月ほど実家に通い、母に付き添いました。父の死後、しばらくは人の出入りで忙しく、様々な手続きなどもあり、そうこうするうちに母も段々と落ち着いていきました。
父の百箇日を数日後に控えたある日、私は体調に異変を感じました。背中の真ん中辺りが痛むのです。私は疲れが溜まっていましたので、膵臓が悪くなったのではないかと思いました。検査を受けると、胃癌の疑いがあると言われ、生検の結果、医師から手術の必要があると告げられました。当時、地方に暮らしていた私は、東京の大学病院を紹介され、入院する事になりました。
手術も無事に終わった数日後、ベッドに横になっていると、母が杖をついて娘達と病室に入って来ました。驚きました。母はリュウマチを患っており、足が不自由で、当時は家の周りしか歩けない状態でした。
「大した事ないから、わざわざ東京まで来なくて良かったのに。」と母に言うと、「お父さんが、あなたまで連れて行ってしまうんじゃないかって、心配で。」と泣きそうな顔で言うのです。
そして「これ、お父さんのレモンよ。」とリュウマチで変形した手で袋から葉付きのレモンを取り出し、台の上に並べ始めました。晴耕雨読を夢見て、暇を見つけては農業にいそしんでいたあの父の分厚い手の様な、ゴツゴツとした4個の大きなレモンでした。
その母も、やはり癌の為に79歳で世を去りました。母の葬儀が終わった後、私は父が大切にしていた裏山の畑に登り、レモンの木を見に行きました。父が世話をしていた時のような元気さはないものの、10個ほどの黄色い実をつけていました。
いつかレモンの木を植えたいと思っています。父と母の思い出の木だからです。
あなたにも、そのような大切な思い出に繋がる何かがありませんか?
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