昨今は私が青春を過ごした時代と衣食住の環境が大きく変わりました。
例えば、住まい。和室だけだった住居は和洋折衷が普通となり、今では和室のない家も珍しくありません。私が礼儀作法を教えていた頃は住まいの変化の過渡期だったかも知れません。今、都会ではマンション住まいが多く、和室を備えた所は少なくなりました。あっても飾りのようなお床(とこ)がついた昔とは畳の基準の違う小作りの和室です。
*床(とこ)とは、和室の中で掛け軸や活けた花などを飾る場所です。
私は和室を中心とした所作を教えていましたが、今はどこまで必要とされているのでしょう。でも、全体から見れば、和室はまだ多くあります。和室は、日本の気候が生み出した簡素でありながら多様性を兼ねた日本独特の住まいだからです。自宅に和室がないとしても、お寺での法事や料亭での食事に招かれた場合、和室でのマナーを知っている事は必要です。また、町の集会所が洋式とは限りません。やはり和室での畳文化は日本の文化でもあるのです。
和室での作法
和風建築で知っておきたいマナーとしては玄関での靴の脱ぎ方、襖(ふすま)や障子の開け閉め、正座の仕方でしょう。まず玄関での靴の脱ぎ方と和室の入り方から説明します。
①玄関で靴を脱ぐ時
靴を脱ぐ時は正面を向いたまま上がり、玄関の方に向き直り、膝をついて靴の向きを玄関向きに直します。脱いだ靴は後に来る人の為に玄関の端に寄せておきます。旅館や料亭など下足番のいるところではそのまま上がり、係に任せます。
②和室への入り方 襖や障子の開け閉め
和室の形状によって、変わります。それは、客間の場合、部屋にしつらえられた床(とこ)の位置によって上座と下座があるからです。もちろん、床に近いほうが上座になります。一例で説明致します。
客として入室する場合:
襖や障子が4枚あるときは真ん中の上座の襖や障子の前に座り、正座をして両手をひざ前に揃えます。お床が右側にあった場合、左手で襖の引手を引いて少し(手が入る位)開け、右手に換えて襖の下から20センチ位の所を持ち人が入れるように開けます。正座から跪座(きざ)の姿勢に変え(*後ほど説明します)、立ち上がって右足で敷居を越して入り、向きを変えて入室時と同じように正座し、入った時とは反対に左手で襖や障子を引き、最後に右手に替え引き手をとって静かに閉めます。この時の使わない手は膝上に置きます。
又、お床が左側にあった場合には上座が左になりますので、真ん中にある二枚の襖の左側に座ります。引き手を少し開けるのは右手、手を換えて左手で開け放します。襖を閉める時は右手で襖を引き、手を換えて左手で引き手に手をかけて閉めます。
背を向けたまま襖を‘後ろ手’で閉めたりはしません。
なお、茶室の場合は別の襖や障子での入り方や出方に決まりがあり、違ったやり方を致します。茶室での入り方はまた別の機会にお話しします。
*跪坐(きざ)の姿勢とは正座から踵(かかと)を立てた姿の事です。
・畳を歩く時は滑るように、静かに歩きます。
・座る場所を主人に案内されるまで下座(入室した辺り)の畳に正座で座って待ちます。
・畳を歩く時は、ヘリや敷居を踏まないよう気をつけます。なぜヘリを踏まないかと申しますと、昔からヘリは名物裂(めいぶつぎれ)などの絹で作られていました。高価なものですので、傷まないよう踏まないように気をつけるのだという事です。
客として退出する場合:
入室時と同じようにして部屋から出ます。
家の主人の場合は逆に下座*の襖や障子から入ります。
*下座とは、床(とこ)と反対側です
日本家屋の和室はお床を中心に部屋のしつらえをします。上座、下座はお床が部屋のどの位置にあるかによって決まります。よく席次と言う言葉を聞かれると思いますが、この席次もお床の位置によって変わります。この考えは日本の習慣です。
襖や障子は日本家屋の旅館などで使われています。和室が自宅にない場合は、和室のある場所や引き戸のある所で、説明に沿ってお稽古してみて下さい。